ドキュメンタリーを成立させる作り方

視聴者の「便益」を主軸にする

その動画がどんな欲求に訴えかけるものなのかをはっきりさせることが重要

先の「欲求」にあたる「テーマ」を考える上で、最も大切にしなければならないのは、「視聴者の“便益”を主軸にする」ことです。つまり、視聴者目線になったとき、「その動画を見ることで何が得られるのか」が主軸になっているかどうかが大事です。

昨年、仏像修理工房のドキュメンタリー『The Art of Restoration』という映像を制作しました。この動画は元々海外映画祭用に制作したものだったのですが、せっかくなのでもっと多くの人に見てもらいたいと思い、WEB公開することにしたんです。ただ、このままでは見てもらえないだろうと考え、タイトルを『700年前の仏像の中から現れたのは? – ある仏像修理の物語』に変更しました。これがまさに“便益”を主軸に考えるという例で、映画祭であれば視聴者はお金を払って席に座って見るので、タイトルが何であれ話がどんなにゆっくりと進んでも見てもらえます。しかし、YouTubeなどWEB向け動画の場合、何を見るか、見ないかをすぐに選択されてしまうため、便益がはっきりと提示されているタイトルのほうが見てもらいやすくなります。このように、タイトルやサムネイル、ストーリーで、その動画がどんな欲求に訴えかけるものなのかをはっきり提示することが重要になるわけです。


『700年前の仏像の中から現れたのは?─ある仏像修理の物語』

ある修理工房が、神奈川県のお寺が所蔵する700年前に作られた地蔵像の修理を依頼された。その過程を追った22分のドキュメンタリー。



どんな欲求を満たしてくれるのか? をはっきりさせる。




疑問とゴール

疑問を設定し、その答えをゴールにすることでドキュメンタリーとして成立させることが可能

WEBコンテンツのドキュメンタリーとしての企画やストーリーは、「疑問とゴール」さえあれば成立します。

「疑問」とは、視聴者が「この映像を見たらこんな疑問が解決しそう」と感じる問いのことです。

例えばあるカメラマンのドキュメンタリーを作る場合、ただその人へ密着する映像にしてしまうと視聴者にとっては何のために見るのかという理由がありませんが、右ページの作品のように「フリーランスは人生後半戦にどう生きるのか?」という疑問をテーマにすることで、同じ題材でも見る理由が生まれます。

このように疑問が明示されていることが「見るきっかけ」につながります。もうひとつの「ゴール」とはストーリーの終着点のことで、これが「見続ける理由」にもなります。動画を再生し始めて、ストーリーがどこに向かっているのかがわからないと見ているのが辛くなりますよね。逆に、どこまで行けば終わるのかがわかると、ドキュメンタリーとして成立させやすくなります。

また、先の仏像修理の動画であれば修理が完了するまでといったように、提示された疑問に対しての答えが出るところがゴールになります。もし、「この人のドキュメンタリーを撮りたい」など先に題材が決まってしまっている場合には、疑問を設定し、その答えが出るところをゴールにすることで、WEBコンテンツのドキュメンタリーとしての企画やストーリーの基準を満たすことができるんじゃないかと思います。





ストーリーを語る5つの方法

リアルを記録するものがドキュメンタリーと考えると会話音声の優先度が最も高くなる

ドキュメンタリーのストーリーを進行させるためには視聴者に情報を与えていく必要があります。では、どのように情報を与えていくのか。ストーリーを語る方法には「ナレーション」「会話音声」「インタビュー」「テキスト」「ナビゲーター」といった5つの方法があると考えています。

先の仏像修理の物語であれば、修理中の会話音声、状況説明のテキスト、主要人物のインタビューといった形で物語を進行させています。『黄昏のフリーランサーたち』は、冒頭のナレーション、フォトウォーク中の会話音声、状況説明のテキスト、過去の話のインタビューといった形で進行しています。内容にもよりますが、インタビューとテキストだけでは単調な進行になりがちなので、中盤を会話シーンなどでできるだけ構成するようにしています。このように、5つの方法のうちのいくつかを選び、うまく散りばめて進行させることが、視聴者を飽きさせないための構成方法だと考えています。

また、どの方法でストーリーを進行させるのかを撮影前にある程度選択しておくことも大事です。ドキュメンタリーがリアルを記録するものだと考えると、やはり会話音声の優先度が最も高く、極力これだけで成立させられる映像がベストだと僕は考えています。ドキュメンタリーである以上インタビューももちろん必要ですが、人の話をただただ聞くのは映像を見る側もしんどいし、量を撮りやすい要素なので、インタビューの優先度は少し低めにしてもいいのかなと個人的には考えています。


ドキュメンタリーが「リアルを記録する」ものだとすると、会話音声(シーン)の優先度が最も高い。逆に、人の話を長く聞くインタビューパートは視聴者が離れやすいため、優先度は低めと考えるくらいがちょうどいい。




『フリーランスは人生後半戦をどう生きるか? 黄昏のフリーランサーたち #01』

年齢を重ねたフリーランスに焦点をあてたドキュメンタリー。「フリーランスが人生の後半戦に差しかかったとき、どうやって生きていくのか?」といった疑問を軸にし、それが解決されることをひとつのゴールとした構成になっている。



黄昏のフリーランサーたちのタイムライン。主要なシーンごとに色分けをしている。ストーリーを語る方法はナビゲーター以外の4種類が使われており、ひとつの要素が長く続かないように構成されているのがわかる。







シネマティックな綺麗さは必要なのか?

コミュニケーションとして映像を見せたい場合必ずしも美しさや綺麗さを重視する必要はない

先の「テイストの好みと経験則」の部分に関連する「ルック」についてですが、ここでは「WEBドキュメンタリーにシネマティックな綺麗さは必要なのか?」という問題提起に近しい話をしつつ、解説していきます。

僕は元々、ミラーレスや一眼レフ時代に映像を始めた人間で、近年はブラックマジックデザイン社のカメラを使うことも多く、できるだけ綺麗な映像を撮りたいと思っていました。ただ、映像の内容によってはそれが足を引っ張る場合もあると最近になって感じるようになりました。

ひとつのコンテンツや作品として見せたい場合やクライアントワークとしてならば、ある程度のクオリティ感を担保しなければいけないという意味で美しさや綺麗さはあったほうがいいと思うんです。ただし、コミュニケーションとして映像を見せたい場合には、違う場合があるかもしれないなと思うんですね。


シネマティック要素だけは、「非日常」「アンリアル」「憧れ」「企業PR感」のテイストを付加する可能性があり、本当に必要かどうかは映像内容により慎重に考える必要がある。




ドキュメンタリーの内容によってはシネマティックな表現を抑える必要がある

映像の美しさを左右する要素には、構図、光(ライティング)、色彩(グレーディング)、ボケ(被写界深度)、ダイナミックレンジ、解像度などいくつかの要素があります。

構図や光、色彩は、「画としての普遍的な綺麗さ」で、カメラを通さずに目で見ても綺麗と思えるような部分、つまり「美しさ」の部分にあたります。ダイナミックレンジと解像度は「技術的な綺麗さ」で、テレビが4Kから8KやHDRに進化したタイプの綺麗さに分類されます。そして被写界深度の浅さや、色彩の中でもグレーディングなどの演出的な色表現は、いわゆる昨今のWEB動画で言われる「シネマティック的な綺麗さ」につながる部分だと考えています。

普遍的な画としての綺麗さ、技術的な綺麗さについては、どのタイプの映像でもあるに越したことはないと感じるのですが、シネマティック的な綺麗さに関してはプロモーションやコマーシャル映像を想起させる表現で使われる表現であるが故に、「非日常感」「憧れの世界」「企業PR感」などといったテイストを付加する可能性があり、どの程度そういった要素があったほうがいいのかを慎重に考える必要があるのかなと個人的に思っています。

例えば、アイドルのドキュメンタリーでも、劇場公開する映画は、見ていて美しいほうが満足感も高くていいと思います。しかし、YouTubeコンテンツで、ライブの背景や番組収録の裏側などの素顔の部分を見せるといったコンセプトの動画の場合、違う表現のほうが良い可能性があります。また、古民家リノベーションのドキュメンタリーなどのように、自身のプロジェクトをドキュメンタリーとして発信する場合、突然高クオリティの映像で発信してしまうと親近感が薄れてしまい、「お金持ちが道楽でやっているのかな」と視聴者から応援されにくくなってしまう懸念も出てきます。そういった表現感を、動画の内容によって最適化していく必要があるんじゃないかと考えています。



焦点距離を改めて考える

焦点距離の選択は被写体とどんな距離感で接するのかという「心の距離」

仲の良いドキュメンタリー監督と、「焦点距離は心の距離だよね」という話をよくします。焦点距離の選択は「被写体とどんな距離感で接するのか」ということに直接繋がるため、ドキュメンタリー映像の場合は特に焦点機能の選択についてしっかり考えなければいけません。

焦点距離とは、要するに映る角度の違いなので、同じカメラ位置から撮影をすれば、広角レンズでは被写体は小さく見え、望遠レンズでは被写体は大きく見えます(上の図)。カメラ位置を移動して被写体を同じ大きさに映すと、広角レンズのほうが画角が広いので背景の映る範囲も広くなります(下の図)。また、被写体が同じサイズで写っていても焦点距離が短いほうが、被写体との距離は近くなります。



同じカメラ位置から焦点距離を変えてそれぞれ撮影した場合

映る角度が変わるため被写体の映る大きさも変わる。




被写体が同程度のサイズになるようにカメラを移動した場合

焦点距離が変わることで背景の映る範囲が変わり、被写体の歪み具合も変わるので、広角レンズのほうが「近くから撮っている」のが画からも感じられる。




レンズと距離の比較

見る人の親近感をどうコントロールしたいかで焦点距離を改めて考えよう

下図のように、望遠レンズで遠くから撮るよりも広角レンズで近づいたほうが親近感を演出でき、背景情報も多く映ります。つまり、親近感を演出したいようなテーマであれば、広角レンズで近くから撮影してあげるほうが、ドキュメンタリー映像としてはいいのかなと思っています。

逆に、企業のプロモーション映像などであれば、背景情報を絞って、人物だけを望遠レンズで撮るケースが多いんですが、これをドキュメンタリーでやり続けてしまうと背景がわかりにくくなりがちなので、 見る人の親近感をどうコントロールしたいかによって焦点距離を改めて考えてみるといいんじゃないかと思います。


被写体が同じサイズで映っていても焦点距離が短い(画角が広い)ほうが、被写体との距離は近くなる。

同じようなサイズで被写体を映しても、レンズの焦点距離が変われば背景の写る範囲も変わる。広角で被写体に近づければ親近感を演出でき、望遠で背景を絞ることでプロモーション的な演出が可能。視聴者の親近感をどうコントロールしたいかで焦点距離を決めよう。







撮影機材

カメラ・レンズ

仏像修理の映像は、全編ブラックマジックデザインのカメラで撮影。BMPCC 4K、6K、6K Proを使い分けた。レンズは18-35mmシグマレンズをメインレンズとして使用。


Blackmagic Pocket  Cinema Camera 4K



Blackmagic Pocket Cinema Camera 6K



Blackmagic Pocket Cinema Camera 6K Pro



シグマ 18-35mm F1.8 DC HSM




カメラ・レンズ

黄昏のフリーランサーたちの映像は、ソニーFX3にシグマ20mmの単焦点レンズで撮影。インタビュー時はブラックマジックデザインのカメラも使用した。


ソニー FX3



シグマ 20㎜ F2 DG DN




照明

Godox VL150

仏像修理の映像では基本的に照明は自然光だが、インタビュー時のみ、Godox VL150をメインライトとして使用。



Aputure amaran 60d

黄昏のフリーランサーたちの撮影でも、基本的に照明は自然光だが、インタビュー時のみAputure amaran 60dを使用。60dは常に鞄に入れて持ち歩いている。






音声収録について

ガンマイクとピンマイクさえ用意できれば必要な音声は綺麗に収録ができる

最後に、音声収録についても解説しておきます。ドキュメンタリーの場合は、少なくともガンマイクとピンマイク(ラベリアマイク)のふたつさえ用意できれば、被写体の言葉を使ってストーリーを作っていくことができると考えています。できるだけ多くの場面でガンマイクとピンマイク(ラベリアマイク)で収録ができていることがベストですが、両方が難しい場合はガンマイクだけでもカメラにつけておくのがよいと思っています。

ドキュメンタリー撮影を始めた最初の頃は作業の邪魔になってしまうと思い、「ピンマイクをつけてください」とお願いすることがコミュニケーション的にできず、声がうまく録れていなかったこともありました。当たり前のことですが、できる限り最初の段階で勇気を出してピンマイクはつけてもらうようにお願いをするのが良いと思います。

ちなみに、ピンマイクをつけてもらいづらい撮影環境の場合は、本来ピンマイクなどを繋ぐレコーダーに小さなガンマイクを繋ぎ、アシスタントの方にテレビ音声さんのように一脚で上から吊るしてもらうことで、簡易的ですが綺麗に音声を収録することができます。


アシスタントが同行できる場合、簡易的な方法としてRØDE Wireless PROにRØDE VideoMicro IIやTentacle Track Eのような小型のレコーダーにオンカメラ用ガンマイクを繋ぎ、一脚を取り付ければ、より近い距離で音声収録を行える。一脚をライトポールやミニ三脚などにすれば、ワンオペ撮影にも活用できる。




伊納さんより最後にひとこと!

ドキュメンタリー自体は個人の発信の機会としては最も取り組みやすいジャンルの映像だと思うし、難しいことはあまり考えずにいざやってみるととても楽しいので、仕事などに関わらずぜひ皆さんもドキュメンタリーの撮影にチャレンジしてみてください。